お盆の賑わいと猛暑の都会をあとにして、八ヶ岳の主峰・赤岳と阿弥陀岳へ。特急あずさに揺られる電車登山の愉しみ、そして赤岳鉱泉での「ステーキの夜」。下界より10度以上も涼しい、夏の天空での一泊二日を振り返ります。
真夏の八ヶ岳へ 1日目: 8月17日
特急あずさに揺られ、都会のホコリを振り落とす
9:46 茅野駅に到着
都会を包む熱気は、まるでサウナの中にいるみたいに息苦しい。僕は最低限の着替えと道具をザックに詰め込んで、特急『あずさ75号』に乗り込んだ。
満席の車内には、どこか浮き足立った夏休みの空気が流れている。列車がスピードを上げるにつれて、窓の外からビルの影が消え、深い緑が少しずつ増えていく。この瞬間がたまらない。重たい都会の空気を振り落として、自由な場所へ向かっているんだという実感が湧いてくる。

駅の外観はモダンで、青空と白い雲が広がる中、駅前には緑が美しく整備されていました。あずさでの移動は快適で、これから始まる冒険に胸が高鳴ります。
染みる茅野駅の駅そばで燃料補給
小腹が減って、山に入る前に駅そば「榑木川(くれきがわ)」の暖簾をくぐることに。選んだのは、ひんやり冷たい「山かけそば」。追いカツオパウダーをぱらりとかけて、七味を少し利かせる。なんとも心地いい。これから始まる山登りに向けた、最高の「燃料補給」。

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10:20 茅野駅バス停
茅野駅バス停(西口④番乗場)から美濃戸口線のバスに乗り込んだ。バスは超満員で、ずっと立っている状態でしたが、迫り来る山々や牧場などの風景を楽しみながらの約40分のバス旅。

美濃戸口:24度の衝撃
11:00 美濃戸口バス停
超満員のバスに揺られること40分。美濃戸口に降り立った瞬間、僕は思わず深呼吸をした。
温度計は24度を指している。猛暑日の東京から一気に10度以上も低い別世界。エアコンの乾燥した冷気ではない、山々が吐き出す本物の「涼しさ」がそこにあった。登山届を出し、砂利道を一歩ずつ踏みしめる。ここからは、自分の体だけが頼りの自由な山行が始まる。



本日の目的地の赤岳鉱泉までの所要時間は約3時間で、森林の中を進む美しいトレイルが続く。最初のセクションは林道歩きが中心で、緩やかな登りが続き、途中、緑豊かな景色と清々しい空気に包まれながら、順調に進む。

12:00 やまのこ村
やがて、木立の向こうに「やまのこ村」の建物が見えてきた。ここは、本格的な山へと踏み込むための大切なチェックポイントだ。僕はここでザックを下ろし、一息つくことにした。周囲を囲む深い緑を眺めながら、パンを口に運ぶ。

やまのこ村のすぐ先にある「美濃戸山荘」には、僕がこのルートで最も楽しみにしているものがある。それは、こんこんと湧き出る、冷たくて透き通った天然の湧き水だ。
水道の水とは比べものにならない、喉を刺すような冷たさと、微かに感じる甘み。それはまさに、八ヶ岳という巨大な山が長い時間をかけて濾過した雫、そのもの。
「ああ、生き返るな」
自然の中で頂くこの一杯は、魔法のような元気をくれる。火照った顔をその水で拭い、水筒にたっぷりと山の恵みを詰め込む。
さあ、準備は整った。この美味しい水をお守りにして、僕はさらに森の奥へと足を踏み出すことにした。


北沢ルート:苔と水のせせらぎに癒やされる
やまのこ村を通り過ぎ、美濃戸山荘から「北沢ルート」へと足を踏み入れる。
シラカバの林を抜ける風はどこまでも澄んでいて、足元にはしっとりと苔むした岩が並んでいる。川を渡るたびに、冷たい水に手を浸してみる。堰堤広場を越えて少しずつ高度を上げていくと、景色はさらに広がり、険しくも美しい山の表情が見え始めた。距離は約2.5km、所要時間は約1時間20分。

最後のセクションは、森林の中の美しいトレイルが続きます。苔むした沢を渡りながら進みます。
山の上で味わう、最高の「ご馳走」
赤岳鉱泉に到着
午後1時44分、今夜の拠点・赤岳鉱泉に到着。
色とりどりのテントが並ぶ様子は、まるで山の中に現れた小さな村のようだ。まずは湧き水でキンキンに冷やされた「天然の冷蔵庫」から、ビールを取り出す。傍らには真っ赤なトマトときゅうり。これをポリポリと齧りながら、霧が山肌を優しくなめるのを眺める。なんて贅沢な時間だろう。

赤岳鉱泉が見えた。カラフルなテントが並び、山小屋が背景に見える風景はとても美しい
赤岳鉱泉




冷えたビールが登山の疲れを癒す







赤岳鉱泉の夕食

赤岳鉱泉の真骨頂は、なんといっても夕食にある。
木のぬくもりに包まれた食堂に座り、今か今かと待っていると、厨房の方から運ばれてきたのは、鉄板の名物ステーキだ。

赤岳鉱泉の夕食は、バランスの取れた栄養豊富なメニューが揃っており、登山の疲れを癒しながら美味しい食事を楽しむことができます。特に名物のステーキは、登山者にとって特別なご馳走。

「山小屋の食事」という言葉から連想するイメージを、その一皿が鮮やかにひっくり返してくれる。ナイフを入れると、じゅわっと肉汁が溢れ出し、添えられたズッキーニの深い緑やピーマンの鮮やかな赤が鉄板の上を彩っている。一口運べば、肉の旨みが疲れ切った体に染み渡り、ここが険しい岩山の懐であることを忘れてしまいそうになる。けれど、ふと窓の外に目をやれば、そこには夕闇に沈みゆく静かな森が広がっている。
| 地点 | 到着時刻 | 備考 |
| 美濃戸口バス停 | 11:08 | 標高1,502m。下界より10度以上涼しい |
| やまのこ村 | 11:50 | 緩やかな林道を一時間 |
| 美濃戸山荘 | 12:00 | 湧き水で喉を潤し、いざ北沢ルートへ |
| 堰堤広場 | 12:47 | 苔むした静かな森が深まる。沢の音を聞きながら、さらに奥へ |
| 赤岳鉱泉 | 13:43 | 本日の宿。名物ステーキと、冷えたビールが待つ山小屋へ到着 |
二日目:地蔵尾根を越え、赤岳へ
八ヶ岳登山の二日目。赤岳鉱泉から地蔵尾根を越え、主峰・赤岳(2,899m)へ。さらに中岳、阿弥陀岳を巡る岩稜歩き。

二日目の朝:朝靄の赤岳鉱泉を出発
8月18日、午前6時11分。赤岳鉱泉の静かな朝が始まった。
テント場のカラフルな布が朝露に濡れ、周囲の森はまだ深い霧の中に沈んでいる。昨夜のステーキの余韻をエネルギーに変えて、僕はゆっくりと歩き出した。
まずは行者小屋を目指す。朝の森は、冷たくて美味しい空気に満ちている。一歩踏み出すごとに、昨日の疲れが抜けていくような気がした。40分ほどで到着した行者小屋では、これから挑む赤岳の荒々しい岩肌が、ガスの中からときおり顔を覗かせていた。

地蔵尾根の試練:垂直の世界への招待状
行者小屋を過ぎると、いよいよ八ヶ岳屈指の急登、地蔵尾根が始まる。
ここは、ただの道じゃない。鉄のハシゴや太い鎖が連続する、垂直の世界への入り口だ。息が上がり、心臓の鼓動が耳元で大きく鳴り響く。

「自分の肺を使い、筋肉を使い、重力と対話する。これこそが生きている実感だ」そう自分に言い聞かせながら、一段ずつハシゴを登っていく。高度が上がるにつれて、足元に広がる森がどんどん小さくなり、視界がパッと開けた。午前8時2分、地蔵ノ頭に到着。
赤岳山頂:標高2,899m、王者の風に吹かれて
赤岳天望荘を通り過ぎ、ザレた急坂をさらに登り詰める。

午前8時31分、ついに八ヶ岳の最高峰・赤岳の頂に立った。

そこは、まさに天の特等席だった。

足元には、昨日歩いた北沢の森が深い緑の絨毯のように広がり、遠くを見渡せば、雲海の上に浮かぶ北アルプスの鋭い槍先が、青空を切り裂いている。山頂の祠にお参りし、岩に腰を下ろして一息つく。
吹き抜ける風は冷たくも心地よく、火照った体に染み渡る。この圧倒的なスケールの前では、些細な悩みなんて、どこかへ吹き飛んでしまう。

中岳から阿弥陀岳へ:岩を掴む、最後の闘い
頂上からの景色を堪能した僕は一度大きく下り、鞍部を経て中岳に向かう。

中岳の頂上で一息つき、ふと赤岳の方を仰ぎ見た。
そこには、それまでの険しい道のりをすべて忘れさせてくれるような、神々しい光景が待っていた。分厚い雲の切れ間から、鋭い真夏の光が一筋、矢のように降り注いだのだ。

その光が赤岳の無骨な岩肌を捉えた瞬間、切り立った稜線が眩いほどに白く、そして黄金色に輝き始めた。
さっきまでガスに包まれて沈んでいた山が、今は光り輝く、鮮やかなコントラストを持って迫ってくる。荒々しい岩の凹凸が光と影を際立たせ、骨格が剥き出しになったような、その力強い美しさに僕はただ圧倒されていた。
「贅沢な時間…」
自然だけが気まぐれに見せてくれる「奇跡」のような一瞬。
吹き抜ける風の音さえ遠のいて、僕はただ、その眩い光のラインを瞳の奥に焼き付けていた。

そして、今回の最後の頂。目の前に立ちはだかるのは、鋭い角のようにそびえる阿弥陀岳。ここへの登りは、峻険だ。鎖をしっかりと掴み、岩の感触を確かめながら一歩ずつ進む。
午前11時4分、阿弥陀岳の頂上へ。
阿弥陀岳の頂上に立ち、僕は荒い息を整えながら、ただじっとその瞬間を待っていた。
辺りは刻一刻と表情を変える白い雲に包まれている。けれど、時折いたずらな風がほんの一瞬だけ、眼下の世界をさらけ出してくれる。

雲の切れ間から、僕が昨日から辿ってきたすべての足跡が、まるで一枚の地図のように姿を現した。遥か下に見える赤岳鉱泉の小さな屋根。そこから続く、深い緑の森。そして、さっきまで僕があえぎながら登っていた赤岳の、あの険しくも美しい稜線。
点と線が繋がり、僕が自分の足で刻んできた「時間」が、一つの壮大な物語として目の前に完成する。
泥臭く汗を流し、重いザックを背負って一歩一歩高度を稼いできた、あのすべての苦労はこの瞬間のためにあったんだ。
この圧倒的な高度感、そして高揚感!自分自身の歩みを丸ごと抱きしめるようなこの景色。
僕は、この景色に会うために、ここまでやってきたのだ。
19キロの長い帰路と、満たされた心
行者小屋まで一気に下り、そこからは南沢の静かな森を抜けて美濃戸口へと至る。二日目の走行距離は12キロ。膝は笑い、足の裏には熱が溜まっている。けれど、心はこれまでにないほど澄み渡っていた。

午後3時36分。ようやく再び美濃戸口のバス停に戻ってきた。
数時間前まで、あの雲の上の岩壁にいたことが、まるで幻だったかのような錯覚に陥る。
バスを待っている間、僕はまたすぐに来ようとを考えていた。今度はテントを担いで、この自然を全身で感じるそんなシンプルな山行にしよう。
| 地点 | 時刻 | 備考 |
| 赤岳鉱泉 | 6:11 | 曇りの中、朝の出発 |
| 行者小屋 | 6:50 | 雲の切れ間から山を仰ぎ見る |
| 地蔵ノ頭 | 8:02 | ハシゴと鎖の急登を越えて |
| 赤岳 山頂 | 8:31 | 標高2,899m、最高の展望 |
| 中岳 | 9:55 | 稜線のアップダウン |
| 阿弥陀岳 | 11:04 | 本日最後のピーク。険しい登り |
| 行者小屋 | 12:07 | 下山開始。しばしの休憩 |
| 美濃戸口 | 15:36 | 山行終了。バスを待つ間にお風呂へ |
| 項目 | 1日目 | 2日目 | 合計・総合 |
| 合計時間 | 2時間43分 | 9時間25分 | 12時間08分 |
| 総距離 | 7.1 km | 12.0 km | 19.1 km |
| 上り(標高) | 763 m | 962 m | 1,725 m |
| 下り(標高) | 50 m | 1,688 m | 1,738 m |
| 最高地点 | 赤岳鉱泉(2,220m) | 赤岳(2,899m) | 2,899 m |
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