上高地から奥穂高岳へ|涸沢テント泊一泊二日で見た、忘れられない奥穂高の朝焼け

    ハイキング/登山

    朝、さわんどバスターミナル(ナショナルパークゲート)の駐車場に車を停め、パンパンに膨らんだテント泊装備のザックを背負い直した。駐車料金は一日700円。ここから上高地まではシャトルバスに揺られることになる。

    《07:49》曇り空の河童橋

    バスを降りて数分、河童橋に立った。橋の上は観光客でごった返している。見上げる穂高連峰の峰々は厚い雲に覆われており、その全貌を見ることはできない。

    明神へと続く左岸の道を歩き出す。ふと雲が切れ、わずかな陽光が降り注いだ。その瞬間、梓川の流れが鮮やかなエメラルドグリーンに変わった。この透明度はどうだ。それを確認しただけで、足取りが少し軽くなった。

    《09:29》徳沢

    歩き始めて二時間、徳沢(徳澤園)に着いた。かつての牧場跡である草原には、色とりどりのテントが点在している。春には小さな白いニリンソウが咲き誇るこのキャンプ場は芝生の緑と、行き交う人々の穏やかな声で溢れていた。僕は足を止めず、さらに奥へと進む。

    《10:32》横尾

    上高地の最深部、横尾に到着。ここから先、横尾大橋を渡れば、いよいよ岩と風の支配する山が始まる。ふと目をやると横尾大橋を渡る前には、見慣れないゲートと掲示板が立っていた。そこには「涸沢方面 最終入域時間 14:00」と記されている。この掲示板は、環境省と北アルプス山小屋友交会などが協力して実施している横尾登山ゲート試行実験。日没後の無理な行動による遭難事故などを防ぐためのものだ。

    基本的に山は、どこまでも自己責任の場所。だが、あまりに人が増えすぎた。山小屋のキャパシティを越えた結果、こうした実験ゲートが生まれた。

    横尾山荘の牛カルビ丼

    橋を越える前に、横尾山荘で腹ごしらえをすることにした。注文したのは牛カルビ丼。

    甘辛いタレを纏った厚めの肉に、たっぷりのネギと紅生姜。これから始まる登りに備え、僕の身体は燃料を欲していた。一粒の米も残さず胃袋に流し込む。《11:30》僕は重いザックを担ぎ直し、横尾大橋へと向かった。

    屏風の頭と、本谷橋の水の清冽

    林道をしばらく歩くと、左手に圧倒的な岩の壁が現れた。屏風の頭(びょうぶのあたま)だ。の垂直な岩肌は、ただそこに在るだけで登山者を圧倒する。自然の造形の前では、人間など本当に小な存在に過ぎない。僕はその威容を横目に見つつ、黙々と足を運んだ。

    やがて道は梓川の源流沿いとなり、本谷橋(ほんたにばし)に到着した。河原に架けられた木造の吊り橋。一度に渡れる人数に制限がある、少しスリリングな橋。

    足元を流れる水のなんと清らかなことか。今までの疲れをすべて洗い流してくれるような、潔い冷たさがそこにあった。僕は橋の揺れに身体を任せながら、慎重に対岸へと渡った。

    本谷橋を過ぎると、道は一気に急勾配になる。
    ゴツゴツとした岩が転がる青ガレ。重いザックが肩に食い込み、呼吸が荒くなる。
    ガレ場を越えるとまもなく涸沢だ。

    《13:56》涸沢テント場到着:天気の一変

    涸沢野営場に到着した。だが、僕がテントの受付を済ませようとしたその時、天候は急変した。  それまで穏やかだった風が牙を剥き、雨が降り出したのだ。標高2,300メートル。気温は一気に下がった。濡れたザックを放り出し、僕はレインウェアを頭まですっぽりと被った。まずは雨風を凌ぐため、涸沢ヒュッテへ。テラスのデッキでは、濡れた木板を新しいものに取り替える補修作業をしていた。山の小屋は、こうして人々の手によって守られている。

    トイレを借り、しばしヒュッテの軒先で雨宿りをする。冷え切った身体が、少しだけ解き放たれた。

    雨が一瞬弱まった隙を見て、僕はテントを設営した。だが、設営を終える頃には雨は本降りになり、とてもテントの中で快適に過ごせる状態ではなくなった。僕は再びザックから必要最低限の荷物だけを取り出し、カールを挟んで反対側にある涸沢小屋へ一時避難することにした。

    涸沢小屋のモツ煮とお湯割り

    涸沢小屋の暖かい喫茶室。僕はモツ煮と焼酎のお湯割りを注文した。温かなスープが、身体の隅々にまでじんわりと沁み込んでいく。焼酎が、強張った筋肉を解きほぐす。この温もりこそが、身体を自由にする。小屋宿泊の方々とグダグダと話し、山の情報を交換する。外は冷たい雨が降っているが、ここには温かさがある。

    やがて、喫茶の営業終了時間がきた。 暖かい小屋を離れるのは名残惜しいが、僕は意を決して、冷たい雨の中へと飛び出した。

    テントの中は、外の強風と雨の音で満ちていた。なまりきった僕の身体は、確かな疲労を刻んでいる。だが、明日はいよいよ奥穂高岳へのアタックだ。僕はザックを枕にし、翌日の好天を願いつつ、重い眠りについた。

    二日目

    二時半、目が覚めた。
    テントを叩いていた昨夜の雨音は、いつの間にか消えていた。
    シュラフから這い出し、外の様子を伺う。雨はほとんど降っていない。よし、行ける。

    闇の中の準備

    冷え切った空気の中で、アタックザックに荷を詰め込む。ヘッドライト、ヘルメット、昨日買い込んでおいた行動食、そして熊鈴。  余計なものは持たない。これからの岩場に備え、身体をできるだけ自由にしておく必要がある。

    ヘルメットを被り、顎紐を締める。この感触が、これから踏み込む場所の厳しさを無言で告げてくる。僕はテントのジッパーを閉め、闇の中へと最初の一歩を踏み出した。

    《03:18》ザイテングラート

    涸沢小屋を過ぎると、いよいよ岩の急登が始まる。ヘッドライトの狭い照射範囲だけを頼りに、ゴツゴツとした岩に手をかけ、足をかける。「ザイテングラート」。穂高の背骨のような岩場。

    ふと顔を上げると、前後の斜面に点々と動く光が見えた。 他の登山者たちのヘッドライトだ。  音のない闇の中で、同じ頂を目指す見知らぬ誰かの光が連なっている。孤独な歩みだが、一人ではない。冷たい風の中で、熊鈴がチリンと鳴った。

    《05:27》穂高岳山荘:燃える東の空

    高を上げるにつれ、空気の密度が変わっていく。岩場にしがみつくようにして登り続けること約二時間。ようやく稜線に建つ穂高岳山荘へと辿り着いた。

    その瞬間、視界が開けた。東の空が、驚くほど赤く燃え始めていた。雲海が幾重にも重なり、その境界線から太陽が命を吹き込もうとしている。昨日までの雨が嘘のような、圧倒的神々しいまでの朝日に目がくらむ。言葉は必要なかった。ただ、変わりゆく空の色を身体いっぱいに吸い込んだ。

    穂高岳山荘の喫茶室で、淹れたてのホットコーヒーを啜っていた。窓の外では、東の空が赤く燃え上がり、幾重にも重なった雲海を命の色に変えている。この圧倒的な光の誕生を眺めながら、僕はヘルメットの顎紐を締め直し、グローブをはめた。準備は整った。

    奥穂高への岩壁登攀

    山荘を出ると、目の前には奥穂高岳への垂直に近い岩壁が、壁のように聳え立っていた。僕はそのとっつきに手をかけた。ゴツゴツとした岩の感触が、グローブ越しに伝わってくる。岩にしがみつき、一歩ずつ高度を稼いでいく。

    登攀の途中、太陽が登るにつれ、山岳パノラマは刻一刻とその表情を変えていく。朝日に照らされた岩肌は金色に輝き、谷底の雲海は青白く沈み込んでいく。この光のページェントを楽しみながら、僕は岩にしがみつき続けた。

    《06:52》奥穂高岳登頂

    不意に、チラホラと細かい雪が舞い始めた。朝日に輝く小雪。どうりで寒いわけだ。グローブをしていても、指先が強張る。3,000メートルの世界は、光と同時に、容赦ない冷たさも僕にぶつけてくる。冷たい風の中で、熊鈴がチリンと鳴った。

    稜線をさらに進む。遠くには、尖った槍ヶ岳が雲の中から顔を出していた。右手には、ジャンダルムの鋭利な刃渡りのような造形が、睨みつけている。

    最後の岩場を越え、ついに奥穂高岳の山頂へと辿り着いた。標高3,190メートル。日本の屋根の頂だ。身体は冷え切り、指先は感覚を失いかけている。だが、僕の身体の底には、確かな熱が灯っていた。ここまで登り切ったという達成感。

    山頂でのひとときを終え、穂高岳山荘へと下り始める。雲の切れ間から、まるで天からの梯子のように光の束が差し込み、荒々しい山肌をスポットライトのように照らし出す。

    眼下には、山荘の赤い屋根が小さく見えてきた。あそこまで下れば、ひとまずの安堵が待っている。浮き石に足を掬われないよう、慎重に、けれど確実な足取りで降りる。

    穂高岳山荘から涸沢方面へと、支稜線を慎重に下り始める。標高を下げるにつれ、白い雲が太陽によって切り裂かれ始めた。ふと視線を上げれば、雲の切れ間から差し込む光の束が、荒々しい山肌をスポットライトのように照らし出す。

    さらに高度を下げていくと、霧は一気に晴れ渡り、頭上には驚くほど澄んだ青空が広がった。

    目の前に広がる、完璧な青の世界。涸沢野営場と、その背後に聳える穂高の岩壁。

    ザイテングラートの岩場を一段ずつ慎重に降り、ようやく涸沢カールへと足を踏み入れた。3,000メートルの稜線ではあんなに荒れていた天候が、嘘のように落ち着き始めている。 見上げれば、ガスが猛烈な勢いで流れ去り、その向こう側から突き抜けるような青空が顔を出した。カールの道は、ゴツゴツとした岩の堆積だ。眼下には、涸沢ヒュッテの赤い屋根と、僕が昨夜を過ごした野営場が見えてきた。

    野営場へと下るにつれ、空の青さはさらにその深みを増していった。ふと見やれば、昨夜凍えた身体を救ってくれた涸沢小屋が、岩壁の懐に絶妙な塩梅で収まっている。まるで、最初からそこにあるべき岩の一部であるかのように、完璧な配置でそこに佇んでいた。強い陽光が岩肌を照らし、昨日までの雨で湿った空気を一気に吸い上げていく。立ちのぼる湿気の向こうに、僕のテントが見えた。ようやく、自分の「場所」へと辿り着いた。 ザックを岩の上に放り出し、登山靴を脱ぐ。

    フリーズドライのドライカレーにお湯を注ぐ。 出来上がったそれを一口運ぶと、思わず声が出た。

    「……美味い。」

    スパイシーな香りが鼻腔を突き抜け、絶妙な辛さと米の食感が、疲れ切った身体にダイレクトに響く。 お湯を注いだだけのフリーズドライだと侮っていたが、この絶景の中で食うドライカレーは僕を幸福にしてくれた。身体の奥底からエネルギーが湧き上がってくる。 陽光に温められながら、最後の一粒まで惜しむように平らげると、僕は濡れたテントを丸め、重いザックを再び背負い直した。

    下りは、重力が背中を押してくれる。だが、北アルプスの空は気まぐれだ。あれほど輝いていた青空は、高度を下げるにつれてどこかへ消え去り、灰色の雲がじわじわと山を侵食し始めた。

    本谷橋を越え、再び岩壁を横目に見ながら足を運ぶ。登りの時のあの凄まじい息切れが嘘のように、足取りは軽い。けれど、身体に蓄積された疲労は、一段ごとに膝へと衝撃を伝えてくる。

    《13:11》横尾

    横尾まで戻ってくると、辺りはすっかり厚い雲に覆われていた。

    ここからが、この旅の最後にして最大の試練だ。横尾から河童橋までの約十キロ。標高差のほとんどない、平坦で、少し退屈な林道歩きが続く。景色は美しいはずなのだがこの平坦な砂利道がやけに長く感じられる。

    《16:31》河童橋

    ようやく、河童橋へと辿り着いた。見上げれば、穂高の峰々は、再び雲に覆われつつあった。橋の上から、エメラルドグリーンの梓川を眺め、この二日間を振り返る。昨夜の冷たい雨、涸沢小屋で啜った熱いモツ煮、未明のザイテングラートの緊張感、奥穂高山頂で見た燃えるような朝焼け。そして、あの驚くほど美味かったドライカレー。身体はボロボロだ。膝は笑い、肩はザックが食い込んでいる。

    僕は最後にもう一度、頂を仰ぎ見て、観光客でごった変えしているバス停へと歩き出した。

    日時・地点行動・ステータス備忘録
    【1日目】
    06:30 さわんど駐車場〜シャトルバス駐車料金700円。シャトルバスは登山客で満杯
    07:49 河童橋登山開始。曇天の出発山は雲に隠れているが、梓川のエメラルドは美しい
    09:30 徳沢通過・緑のオアシス芝生の上でテントがチラホラ
    10:32 横尾昼食:焼肉丼甘辛い肉が絶品
    12:00 本谷橋吊り橋通過・急登開始揺れる橋の下、清冽な水の流れ。ここからが本格的な登山
    13:56 涸沢到着・テント設営突然の雨と冷気。涸沢小屋のモツ煮とお湯割りが、凍えた身体を救ってくれた
    【2日目】
    02:30 テント起床・天候チェック雨は上がった。アタックザックを準備
    03:18 涸沢発出発・ザイテングラートヘッドライトの光の列が頂へと続いている
    05:27 穂高岳山荘稜線到着・日の出待ち燃える空、雲海。淹れたてのコーヒーが染み渡る。
    06:52 奥穂高岳登頂(3,190m)舞い散る小雪とジャンダルム、遠くに聳える槍ヶ岳
    11:00 涸沢下山・テント撤収至福のドライカレー
    13:11 横尾通過・長い帰路の始まり空は再び灰色。ここからの平坦な道は、少々退屈
    16:31 河童橋下山完了穂高はまた雲に覆われた。ボロボロの身体だが、心は軽い

    焼岳を上高地から登る。強風の山頂で見えた赤い屋根と、白骨温泉・乳白色の湯

    関連記事

    特集記事

    コメント

    この記事へのトラックバックはありません。

    ランキング

    1. 丹沢の川遊びは中川温泉「ぶなの湯」がセットのエメラルドグリーンに輝く河内川へ

    2. 着脱が簡単でコンパクトな軽アイゼンを求めてモンベルへ行ってみた

    3. 【大山阿夫利神社】富士山や相模湾が一望できる素晴らしい大山登山コースをご紹介

    TOP