信州の春は、里に桜が舞い始めても、山の上にはまだひんやりとした清々しい空気が居座っている。4月上旬、僕は松本市、乗鞍高原にある「善五郎の滝」を訪ねた。

駐車場からわずか600メートル。時間にして10分ほどの散策で、迫力のある滝に出会える場所だ。

駐車場からの圧巻の乗鞍岳
旅の始まりは、善五郎の滝駐車場からだ。車を降りて顔を上げると、そこには圧倒的な景色が広がっていた。深い青空を背景に、残雪で真っ白に輝く乗鞍岳の峰々が威風堂々とそびえている。駐車場からこれほどの絶景が拝めるなら、もうこれだけで満足してしまいそうになるが、春の風に誘われるようにして歩き出した。

散策路:白樺の林
入り口の地図を確認し、隣にある「クマ注意」の看板に目をやる。4月、冬眠から覚めたクマが活動を始める時期だ。僕はザックの熊鈴をひとつ鳴らし、そのチリンという音を冷たい空気に溶け込ませた。

散策道はほぼ平坦で、実に歩きやすい。木々の隙間から差し込む春の光が、道の上に柔らかな影を落としている。風はまだひんやりとしているが、どこか春の甘い匂いが混じっている。

道中、ポツンと置かれた携帯トイレ専用BOXを見かけた。美しい景観と貴重な水資源を守るための取り組み。


しばらく進むと、分岐点が現れた。標識には、「滝見台 0.1km」、「善五郎の滝 0.2km」とある。滝のそばまで下りる前に、まずは全体を眺めておこう。そう思って、僕は滝見台へと続く道に足を踏み入れた。


滝見台。善五郎の伝説

滝見台に立つと、そこには期待していた以上の開放的な景色が待っていた。森の深みに、白く輝く巨大な水の帯が一本、力強く突き刺さっている。まだ周囲には白い雪が残り、春の柔らかな光と冬の名残が混ざり合う、この時期ならではの美しいコントラスト。

傍らの看板に目をやれば、巨大なイワナに引きずり込まれそうになったという善五郎の伝説が記されている。

遠くからその全貌を愛でる贅沢を十分に噛み締め、僕はさらなる水の匂いを求めて、いよいよ滝の核心部へと足を進めることにした。
滝へと下る分岐点には、「冬季は凍結のため注意」という看板が立っている。その言葉通り、日陰の階段にはまだ薄い氷の膜が張り付いていたので慎重に下る。


水の匂いが濃くなる。清流に架かる橋
橋の上から下を見れば、雪解け水を含んだ清冽な流れが、岩を噛んで元気よく跳ねている。水は春の光を跳ね返してキラキラと輝いている。

飛沫の嵐。剥き出しの水のエネルギーに触れる
橋を渡りきり、最後の角を曲がった瞬間、視界のすべてが白い飛沫に覆われた。善五郎の滝。

雨上がりだったからか、あるいは乗鞍の雪解けが一気に進んだからか、水量は想像をはるかに超える凄まじさだった。滝壺からは、細かい水飛沫が嵐のように吹き付けてくる。顔にあたる飛沫が、春の冷たさと力強さをダイレクトに伝えてくる。レンズも服も一瞬で湿り気を帯びたが、そんなことはどうでもよくなるほどの快感だ。轟音で周囲の雑音はすべてかき消されていく!

僕は最後にもう一度、天から叩きつけられるような、暴れ狂う水の柱を仰ぎ見た。
目を開けていられないほどの飛沫が、春の陽光を透かしてダイヤモンドのように砕け散っている。顔や服を容赦なく濡らしていくその冷たさは、不思議と不快ではない。
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