大倉尾根。塔ノ岳へのルートの一つ。通称「バカ尾根」。変化が乏しく、単調な登りがひたすら続く登山道が由来とのこと。丹沢山地に座する標高1,491mの塔ノ岳。登山口の大倉から山頂までの標高差は、じつに1,200mに及ぶ。
不思議なのは、これほどストイック、あるいはマゾヒスティックな山道に、週末ともなれば数多くのハイカーが吸い込まれていくことだ。
確かに、小田急線・渋沢駅からバス一本でアクセスできる利便性は、首都圏に住む者にとってはこの上ない魅力だろう。だが、それだけでこの「苦行」を説明するには、どうにも材料が足りない気がする。
「一体、何故なんだろう?」
単調でキツいだけの道に、人は何を求めて集うのか。考えても答えは出ない。とにかく行ってみなくては、その「バカ」さ加減も、その奥に隠された「魅力」も分かりはしないのだ。僕は次の休み、塔ノ岳の土を踏むことを決めた。
《07:45》大倉バス停
バスを降りた瞬間、目に飛び込んできたのは、深い緑と青い空。山全体が、まるで巨大な呼吸を繰り返しているかのように、濃密な草木の匂いを放っている。広場に集まった登山客たちの装備も、すっかり軽やかになっている。短パンに半袖シャツ、そして手には冷えたスポーツドリンク。あちこちで「今日は暑くなりそうだね」という声が、期待と少しの警戒を孕んで飛び交っている。

バス停横のトイレに寄り、顔を洗おうと手を伸ばすと、洗面所の隅に掲げられたヤマビル注意の文字が目に飛び込んできた。思わず自分の足首をさすった。初夏の湿り気を帯びたこの季節、彼ら吸血鬼たちもまた、瑞々しい獲物を待っているのだ。
レストハウスの脇に佇む、古びた登山届のポスト。 書き上げた紙を滑り込ませる。コトン、と軽い音がした。それは、安全という名の日常にしばしの別れを告げ、自己責任という山の掟に足を踏み入れた合図でもある。
「さて、行こうか」
歩き出しは、拍子抜けするほど穏やかだ。 緩やかな斜面に広がる青々とした畑、どこか懐かしい田園風景。初夏の陽光が、作物たちの葉をキラキラと輝かせている。
その途上で、木立の向こうに「滝沢園キャンプ場」の看板が見えた。 静かな佇まい。ここはソロキャンパーたちがこぞって集う聖地だと聞く。


登山口に立つ僕を真っ先に迎えたのは、またしてもあの不穏な文字だった。
「ヤマビル注意」。
バス停でも、そしてここでも。

ここからは、もう畑ののどかな風景はない。湿った土の匂いと、どこまでも続く階段の、長く、そして「バカ」正直な戦いが始まる。登り始めて、わずか10分。 早くも僕の身体は、静かな、けれど切実な悲鳴を上げ始めた。
平日は冷房の効いたオフィスで、ディスプレイの数字と格闘するデスクワークの毎日。椅子に根を張ったような生活でなまりきった僕の筋肉にとって、この垂直の移動はあまりにも突然だ。

《08:10》観音茶屋
登山道を登り始めて、わずか15分。 最初のチェックポイントである観音茶屋に辿り着いた。正直に言えば、僕の身体はまだ半分眠っていた。心拍数は跳ね上がり、呼吸のリズムは完全にバラバラ。
「……ふぅ、落ち着け」
ベンチに腰を下ろし、深く、長く息を吐き出す。無理やり叩き起こされた身体が、ようやく「ここは山なんだ」という現実を認め始めた。荒ぶる肺を鎮め、乱れたペースをニュートラルに戻していく。


《08:25》大倉高原テントサイト
観音茶屋を後にして再び山道へ。しばらく行くと、道が二つに分かれる分岐点に差し掛かった。僕は標識に従い、大観望(だいかんぼう)方面へと足先を向けた。
15分ほど歩を進めると、視界がふっと開け、大観望とそれに隣接する大倉テントサイトが現れた。 ここは無料の野営地だ。
敷地内には、驚くほど手入れの行き届いたトイレもある。
「ここで一晩過ごし、夜明けとともに塔ノ岳を目指す……」
そんな贅沢なプランも頭をよぎるが、ふと掲示板に目をやると、そこには「火気厳禁」の四文字。
コンロすら使えないとなれば、温かなコーヒー一杯さえ飲めない。となると軟弱な僕には少々ハードルが高いかもしれない。
だが、このサイトからの眺望は、そんな些細な制限を忘れさせるほどに素晴らしかった。
眼下を見渡せば、まだ朝の初々しさを残した相模湾が、初夏の瑞々しい光を反射して銀色に輝いている。 海と、空と、山。

大観望の清々しい景色を後にし、再び歩き出すと、行く手に圧倒的な存在感を放つ一本の巨木が立ちはだかっていた。
それは、天を突くように伸びる立派な杉の木だった。
「丹沢一太郎(たんざわいちたろう)」
50年後には高さ70メートルに達し、丹沢一の大杉となる。
50年後、僕は一体いくつになっているだろうか。その時、本当に70メートルに達した一太郎をこの目で見届けることができるのか。僕はその不思議な巨木を通り過ぎた。

そのまま歩を進めると、やがて道は元のメインストリートへと合流した。
初夏の強い陽光が、頭上の葉を透過して複雑な影を足元に落としている。メインルートに戻ったことで、他のハイカーたちの気配も再び濃くなってきた。黙々と登る者、早くも息を切らす者。

《08:35》見晴茶屋
身体というものは不思議なものだ。 あれほど「もう無理だ」と根を上げていたデスクワーク仕様の筋肉が、一定のリズムを刻み続けるうちに、ようやく山の重力に折り合いをつけ始めた。荒ぶっていた心拍数が、静かな通奏低音のように安定してくる。一歩踏み出すたびに肺が深く酸素を求め、血流が指先にまで行き渡る感覚。半分眠っていた身体が、ついに登山モードへと完全に入ったのだ。
そんなタイミングで、次なる標識が僕を待っていた。「見晴茶屋(みはらしちゃや)」。その名の通り、視界がふっと抜ける絶好の場所に、その茶屋は佇んでいる。

ここ「見晴茶屋」もまた、行き届いた休憩スペースとトイレを備えた施設。
茶屋に張り出したデッキに立つと、視界の先には、初夏の瑞々しい光を湛えた相模湾がどこまでも広がっていた。 海と空の境界線が淡いブルーに溶け込み、そこから吹き上げてくる風が、登り坂で火照った身体を心地よく撫でていく。
ふと見れば、山荘には宿泊客たちの姿があった。昨夜からこの山に身を寄せ、朝の静寂を慈しむようにコーヒーを啜る人、のんびりと身支度を整える人。僕は素晴らしい眺望を瞳の奥にさっと流し込み、深追いすることなく、その場を後にした。


《09:20》駒止茶屋
い深緑の奥から、森の色に溶け込むような緑色の建物がぬっと姿を現した。
「駒止茶屋(こまどめちゃや)」。
今回の行程の、おおよそ半分。ようやく、ようやく半分だ。




《09:35》堀山の家
出発からちょうど2時間弱。 木々の隙間から、どこか懐かしく、どっしりとした佇まいの山小屋が姿を現した。
「堀山の家(ほりやまのいえ)」。雑然とした温かな木の温もりを湛えた姿で、静かに僕を迎えてくれた。ふと時計に目を落とす。2時間弱か。標準コースタイムと照らし合わせれば、可もなく不可もなく、といったところだろう。あるいは、わずかに遅れているのかもしれない。小屋の周りには、使い込まれた木のベンチが並んでいる。初夏の風が吹き抜け、登り坂で沸騰しかけていた身体の芯をゆっくりと冷ましていく。

これまでも十分にキツい登りだったはずだが、堀山の家を過ぎた途端、傾斜の角度がさらにもう一段階跳ね上がった。ふと足元に目をやると、それまでの柔らかな土の道から、ゴツゴツとした岩や浮いた砂利が混ざる不安定な路面へと姿を変えていた。身体は相変わらずヘロヘロだが、五感に飛び込んでくる情報の変化が、止まりそうになる足を不思議と前へ押し出してくれる。さて、この急坂の先に待っているのは、あの有名な「階段地獄」か、それとも……。




《10:30》花立山荘
あの果てしない階段地獄を、己の膝を騙し騙し登り詰めると、不意に視界の「蓋」が外れた。 花立山荘。標高は約1,300m。ここまで来れば、塔ノ岳の頂はもう目と鼻の先だ。
驚いたのは、その景色の豹変ぶりだ。
つい先ほどまで僕を包んでいた濃密な広葉樹の森はどこへやら、辺りは遮るもののない、開放感あふれる稜線の風景へと様変わりしていた。
吹き抜ける風の温度が、一段階下がったのがわかる。初夏の強い日差しを浴びながらも、その風は火照った身体にはこの上ない天然のクーラーだ。
そして、何より僕の目を釘付けにしたのは、西にどっしりと鎮座する富士山の姿だった。初夏の淡い空に輪郭をくっきりと刻むその神々しさに、大倉尾根で削り取られたはずの気力が、不思議な速さで充填されていくのを感じる。僕はベンチに腰を下ろし、ザックから携行食を取り出した。少しぬるくなった水と一緒に胃に流し込む。





《11:15》塔ノ岳山頂
金冷しの分岐。「600メートル……一歩をだいたい50センチとすれば、あと1,200歩か」
根拠のない目算を立てた瞬間から、僕の意識は、目の前の絶景でも富士山でもなく、ただ自分の足元の「数」へと収束していった。一、二、三……。口の中で微かに数字を刻みながら、重い足を一歩ずつ前へ出す。
だが、疲れた脳は、驚くほど簡単に数字を忘れる。
「……今、140だったか、240だったか?」
混乱しては数え直し、また分からなくなっては適当な数字から再開する。傍から見れば、うつろな目で地面を見つめ、何やらブツブツと独り言を漏らしながら、ヨレヨレの足取りで進む怪しい男そのものだっただろう。
ずっと僕の視界を塞いでいた木の段差が、不意にその先を「空」に明け渡したのが見えた。
階段の最上段が、青い空のラインと重なっている。

時計の針が、出発からちょうど3時間30分を刻んだその時。ついに、最後の一段を踏み越えた。山頂という場所は、いつもそうだ。 「あと少し、あと少し」と自分を騙しながら登り続け、もう限界だと思った瞬間に、それは唐突に姿を現す。
視界を塞いでいた階段も、自分を追い詰めていた急斜面も、一瞬にして消え去った。標高1,491メートル。そこには、360度どこを向いても「空」しかない、圧倒的なパノラマの世界が広がっていた。
僕は思わず、その場所に立ち尽くしたまま大きく両手を広げた。 すると、麓から一気に駆け上がってきた初夏の風が、汗でびっしょりと濡れた僕の身体を容赦なく、けれどこの上なく心地よく包み込んでくれた。
デスクワークで凝り固まった肩も、ヨレヨレになった膝も、うつろだった瞳も。この風に吹かれているだけで、すべてが浄化されていくような気がする。
「最高だーーーーー!!」
喉の奥まで出かかったその叫びを、僕はかろうじて飲み込んだ。ここは僕一人だけの場所ではない。
だから、僕は心の中だけで、ありったけの声量で叫んだ。1,200メートルの垂直移動。3時間30分の格闘。そのすべてが、この一瞬の風と、目の前の青い境界線のためにあったのだと。


振り返ってみれば、大倉尾根は確かに「不器用なほどまっすぐ」な道のりでした。一歩踏み出すごとに表情を変える初夏の瑞々しい緑。要所要所で顔を出し、励ましてくれる相模湾の輝き。そして何より、あれほど過酷な標高差を、大きな事故もなく歩き通せるほど見事に整備された登山道。
登る前に抱いていた「なぜ、これほど多くの人がこのキツい山に吸い寄せられるのか」という素朴な疑問。その答えは、山頂に立った瞬間のあの圧倒的なパノラマと、全身を突き抜ける開放感の中に、すべて記されていました。

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