開山後、初めての日曜日。上高地へ向かうため、まずは車で沢渡(さわんど)駐車場へと向かった。
沢渡バスターミナルから出発
車を停めたのは、バスターミナルに最も近い「第3駐車場」。料金は1日800円だ。ちなみに、足湯があるのは隣の第2駐車場になる。

駐車場からすぐの入口を通り、地下通路を抜けてバスターミナルへ向かう。

バスターミナルは広々としており、施設も新しく整っている。まずは切符売り場で乗車券を購入。上高地までの往復運賃は大人3,000円。券売機ではクレジットカードも利用できるので便利だ。バスは30分おきに出ている。

散策ルートの確認
ターミナル内のインフォメーションセンターには、上高地の詳細なウォークガイドが掲示されていた。今日のルートを再確認する。

今回は、以下の行程で歩くことにした。
往路: 大正池でバスを降り、梓川沿いの「Aコース」を歩く。大正池から田代池に行き、田代湿原(林間コース)を通って穂高橋まで行き、「Bコース」を通ってウェストン碑を確認し、河童橋まで行く。その後「Cコース」で岳沢湿原を経由して明神池、穂高神社奥宮を目指す。
復路: 明神から梓川左岸の道を通り、上高地バスターミナルまで戻ってバスに乗る。
バスで大正池へ
1番乗り場から「上高地行」のバスに乗り込む。

バスに揺られること約20分。まずは最初の目的地である「大正池」のバス停で下車し、ここから散策を開始する。
Aコース:大正池、水面に映る焼岳と穂高連峰

沢渡からバスに揺られること約30分。「大正池」の停留所で下車し、遊歩道の入口から池のほとりへと坂を下っていく。
大正池のほとりに立つと、まず目に飛び込んでくるのは水面の静けさだ。風が止まった瞬間の池は、まるで巨大な鏡のように周囲の風景を吸い込んでいる。
池の南側にそびえる焼岳(やけだけ)は、かつてこの池を生み出した原因でもある。荒々しい山肌と、山頂付近から立ち上るわずかな噴煙。その荒涼とした姿が、水面に「逆さ焼岳」としてくっきりと再現されている。

視線を北へ向ければ、そこには圧倒的なスケールの穂高連峰が横たわっている。4月後半のこの時期、山々はまだ深い残雪に覆われ、まばゆいばかりの白さを放っている。空の青と雪の白、そしてそれらを上下反転させて映し出す水面。立ち枯れの木々がその景色のなかに垂直なアクセントを加え、奥行きのある独特な空間を作り出していた。

大正池を後にして木道を進み、透明度の高い水が静かに湧き出す田代池へと向かう。

途中、広々とした河原に出るとそこにあったのは、白く乾いた枯れ木と、荒々しい山肌を剥き出しにした焼岳が織りなす見事なコンビネーション。自然が作り上げたその完璧な構図を前にして、理屈抜きに心が動く。僕は吸い寄せられるように夢中でシャッターを切った。

木道をさらにを進むと、やがて視界が開け、田代池が姿を現した。原生林の中にひっそりと広がる浅い池には、透明度の高い湧水が静かに満ちている。

田代池を過ぎると、道は二手に分かれる。本来なら梓川を間近に望む「梓川コース」を歩きたいところだが、現在は歩道の欠損により通行止め。案内に従い、今回は迂回路となる「林間コース」へと足を踏み入れた。

大正池から40分。林間コースを進むと、梓川に架かる「穂高橋」が見えてきた。

橋の袂にある案内板を確認する。ここから先はウェストン碑を経て河童橋へと続く、散策の中盤戦「Bコース」へと入っていく。
Bコース:ウェストン碑から河童橋へ

穂高橋を午前8時頃に出発し、ここからは梓川の右岸に沿って整備された遊歩道を歩き始める。
案内標識を確認しながら進むと、ほどなくして岩壁に刻まれたウェストン碑が現れる。日本アルプスの魅力を世界に紹介した英国人宣教師、ウォルター・ウェストンのレリーフ。

さらに梓川右岸を北上していく。進行方向の右手、対岸を望めば、春の日差しを浴びて六百山、三本槍、そして霞沢岳がその勇姿を並べている。


残雪と山肌のコントラストを楽しみながら歩を進めると、午前8時30分、上高地の中心地である河童橋に到着した。


日中は多くの観光客で賑わう場所だが、この時間はまだ人もまばらで、静かな時間が流れている。橋の上からは、底の石が数えられるほど澄み切った梓川の流れと、まばゆいばかりの残雪を戴いた穂高連峰が一望できた。

道端の案内板で、改めて仰ぎ見る峰々を確認する。

西穂高岳、間ノ岳、ジャンダルム、奥穂高岳、前穂高岳、そして明神岳2峰。圧巻のパノラマ。
Cコース:河童橋、岳沢湿原から明神、穂高神社奥宮へ
午前8時30分に河童橋を後にし、次に向かうのは「Cコース」――岳沢湿原を経て明神へと続く道だ。ここからは少し森が深くなるため、熊除けの鈴をチリンと一つ鳴らし、木道へと足を踏み入れた。

原生林のなかに敷かれた木道を進むと、やがて岳沢(だけさわ)湿原に到着した。


立ち枯れの木々が水面に影を落とす湿原は、静謐さに包まれている。木々の隙間からは、真っ白な雪を纏った穂高連峰が時折その端正な姿を見せ、その美しさに何度も足を止めてしまう。

湿原を渡る風は爽やかで、木漏れ日が水面をキラキラと照らしている。ふと足元の澄み切ったせせらぎに目を凝らすと、岩の陰に静かに定位するイワナの姿を見つけた。


林の間からは、梓川のエメラルドグリーンの水面が時折覗き、その鮮やかな色彩に目を奪われる。

明るい林、清らかな水、そして壮大な山。河童橋から明神池(穂高神社奥宮)までの約1時間は、上高地の自然の豊かさを五感で受け止める、実に気持ちのいい散策だった。


明神池:神域の静寂と嘉門次小屋の歴史
午前9時30分、散策の目的地である明神エリアに到着した。見上げる空には、鋭く切り立った明神岳が堂々とそびえ立っている。

穂高神社奥宮の鳥居をくぐり、神域へと足を踏み入れる。参道の先には、上高地の歴史を語る上で欠かせない嘉門次小屋(かもんじごや)が佇んでいる。

穂高神社奥宮の鳥居をくぐり、神域へと足を踏み入れる。明神池の拝観料は大人500円。池のほとりへと進むと、そこには明神岳の荒々しい岩肌を映し出す、鏡のような静水面が広がっている。一之池、二之池と続くその佇まいは静謐さに満ちている。
参道のすぐ近くには、上高地の歴史を語る上で欠かせない嘉門次小屋(かもんじごや)が佇んでいる。

ここは、ウォルター・ウェストンの相棒として知られる、上條嘉門次(かみじょう かもんじ)が明治時代に建てた小屋だ。今も囲炉裏で焼かれる「いわなの塩焼き」が有名だが、小屋のすぐ近くには彼の功績を称えるレリーフが岩に刻まれている。

明神橋を渡り、梓川左岸へ
奥宮での参拝を終え、再び参道を戻って明神橋へと向かう。吊り橋の上からは、エメラルドグリーンに澄んだ梓川の流れと、先ほどよりさらに近くに感じる明神岳の岩肌が一望できる。この橋を渡ると、帰路となる梓川左岸のルートに入る。

橋を渡りきった地点にある「明神館」付近では、スタッフの方々がオープンに向けて忙しそうに準備を進めていた。4月下旬の開山直後らしい、静かな活気に満ちた光景だ。

ここからは左岸の林道を通り、ゴールの上高地バスターミナルを目指して、さらに1時間ほどの歩行を続ける。
梓川左岸:静かな林道と春の足音
明神館を後にし、帰路は梓川の左岸に沿って上高地バスターミナルへと戻るルートを歩く。ここからは起伏の少ない平坦な林道が続き、木々に囲まれた穏やかな道が続いていく。

4月下旬、標高1,500mを超えるこの地には、まだ冬の名残がある。日陰になる場所には、道残雪が残っていた。

ひんやりとした空気を感じながら足元に目を向けると、雪解け直後の湿った土から、鮮やかな緑色をした蕗のとうが顔を出していた。まだ芽吹いたばかりの瑞々しい姿に、山の確かな春の訪れを感じる。

単調になりがちな林道だが、時折、梓川の河原へと視界が開ける場所がある。流木が点在する広い河原の向こうには、真っ白な雪を纏った穂高の連峰が青空を鋭く切り取っており、その雄大さに思わず足を止めて見入ってしまう。

やがて、カラマツ林に囲まれた広々としたエリア、小梨平(こなしだいら)キャンプ場に到着した。

ここは上高地のなかでも屈指の絶景スポットだ。キャンプサイトのすぐ目の前には梓川が流れ、その向こうには遮るものなく穂高連峰の大パノラマが広がっている。河原の土手に腰を下ろし、爽やかな風に吹かれながらこの景色を眺める。

小梨平キャンプ場を後にし、梓川沿いの道をさらに下っていく。数分も歩けば、河童橋が見えてきた。

朝8時半に通りかかった時の静けさはどこへやら、橋の上は多くの観光客で溢れかえっている。残雪の穂高をバックに記念撮影をする人々を横目に、僕は足を止めることなく、足早に通り過ぎた。

ここから上高地バスターミナルまでは、整備された道を歩いて約5分ほどの距離だ。

バスターミナル:旅の締めくくり
バスターミナルへと到着した僕はまずは帰りのバスの時間を確認する。

バスを待つ間、ビジターセンター前にある水場で、空になったボトルに水を満たす。冷たく澄んだ山の水は、数時間の散策を終えた身体に染み渡るようだ。

帰りのバス乗り場には、すでに列ができていた。皆、充実した表情でバスを待っている。30分おきに来るバスに乗り込み、車を停めた沢渡へと戻る。

沢渡:足湯で癒す最後のひととき
30分ほどバスに揺られ、沢渡バスターミナルに帰還。今回の散策の本当の締めくくりは、第2駐車場のすぐ隣にある足湯だ。

靴を脱ぎ、少し熱めの湯に疲れた足を浸す。
大正池の鏡のような水面から始まり、春の日差しに輝く山々、湿原の木道、明神池、そして小梨平の絶景。約4時間半、自分の足で歩き通した心地よい疲労感が、お湯の中に溶け出していく。
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